このエントリーを含むブックマーク 2006年07月24日

生活水準の「中流」と能力の「中流」

昨日放送された NHK スペシャル (21:00〜):

「ワーキングプアー・働いても働いても豊かになれない」
低所得者層の拡大
定職につけない“住所不定無職”の若者
基幹産業の不振ほか

で、「働いても豊かになれない」若者が、 自分だって普通の人と同じくらい、「中の上」くらいの能力はある、 と言っていたのが妙に印象的だった。

ソフトウェアの開発業界では、 「中の上」の人 10人より、 「上」の人 1人のほうが力になる、 というのが常識として浸透しつつあると思う。 「人員を投入すればするほど、かえって工期は長引く」とか、 「少数のプログラマで開発する方が短期間で品質の高いものが作れる」 とかの事例は広く知られるようになった。 しかし世間一般では、 まだまだ「大勢の普通の人」の方が 「少数の優秀な人」より役に立つ、 という感覚なのかも知れない。

高度成長期のころ、能力の「中流」は、生活水準の「中流」につながった。 情報革命が進行しつつある現在、 「中流」の能力を持つ労働者に「中流」の待遇を提供できないのを、 企業の責任と言いきってしまって良いのだろうか? 「中流」の能力が以前ほど重要視されない原因を、 「規制緩和」に求めるべきなのだろうか?



hiroaki_sengoku at 09:11 │Comments(0)TrackBack(1)技術と経営 

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1. 製品モデルと作品モデル  [ 404 Blog Not Found ]   2006年07月24日 14:21
我が畏友、宋さんらしい問題意識なのだが、しかしその解決法は根治術とは言い難い。 社会貢献うたうIT経営者の偽善??過労自殺が語る業界の労働事情?ビジネス-最新ニュース:IT-PLUSこの現状を食い止める方法があります。それは労働時間の長さで差をつけられないようにする....

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